(20130917)

【記憶のサルベージ、甘味も風味も飛んでるし、誰に向けて書いているのかさっぱりわからないのは今も変わらない、あと仕事でミスし過ぎ。】


月日は矢のように過ぎ去る。
矢がどのくらいのスピードであるのか詳しくないけど多分結局速い。

自炊(肉焼いたり、パスタ茹でただけ)して、1人で酒のんで、酒に弱くなったなーとか思ったり。部屋では、きゃりーちゃんやホルモンやら豪華なメンバーが変わる変わる唄ったり。布団が気持ち良い季節になったなって思ったり。仕事でミスしてへこみまくったり。

電話したり。仕事でミスしてへこみまくったり。開き直ったり。

 

7月の終わりには、東京に帰って驚くほどのロマンスを体験したけど、やっぱ360㎞の距離はそれなりの労力と気力とタイミングが必要であると感じたり。

でも、それなりに何となくに退っ引きならない気持ちを抱きそうで、でもどうしようもないからヘラヘラと強がって笑ったり。


気持ちは概ね下がったり下がったり上がったり下がったりで、とても忙しい。

サラリーマン? 会社員? なんか疑問符だ。

 

三連休は東京に帰りました。
事後報告しても意味無いけど。

 

台風の影響で帰りの東京駅は大混乱。
帰るのに一苦労。
今晩の名古屋はとても寒い。

 

9月の今頃は夜は震えるほど寒かったりするんだよ。

 

でも、楽しかったかな東京。

 


(こんなポエム書きたくなかった。)

(20130523)

【サルベージ、名古屋時代、時が止まったかのようだ。】

僕は今名古屋のサイゼリアでこれを書いています。

 

サイゼリアの店内はどこもきっと、ルネサンス調の絵画が飾ってあって、ボーッとしてるとここは東京の地元なんじゃないかと思ってしまう。

ちょっと物足りないアラスカメンソールを吸いながら、今日仕事でミスをしてちょっと怒られた事とか、音楽の事とか、友達の事とか、明日は切り替えて頑張ろうとか、ロッキン行きたいとか、連鎖的に沸き上がる過去の事とか、地元はどうかなとか、
黙っていても、立ち止まっても向かってくる未来の事とか (そう、僕らは未来に向かって進んでいるのではなく未来が向かってきているのだ!とか) 卵の賞味期限は大丈夫だろうか
とかそんな事を考えている。

 

僕は社会人になって、心機一転良い意味でも悪い意味でも全てが色々変わると思った。

前に書いたように青春なんて、遥か彼方に吹っ飛ぶと思った。


でもね、まだ今のところは夏のにおいがしてキュンとなったり、音楽を聞いて思いっきり自転車のペダルを漕いでみたりとそうゆう部分はちっとも変わってなくてなんか自分でニヤニヤしてしまった。


仕事の帰り道とてつもなく落ち込んでどうでも良い言葉がグルグルまわって、
30分ぐらい家でふて寝して、上司からの電話で起こされてまた少し落ち込んで、
でも、優しい言葉をかけられて、1人サイゼリアで色々なことを考えて、ニヤニヤしたり、嫌だなと思ったり、


そんな自分をほんとうにしょうがないなーと思いながら過ごしていたりする。

(20130331②)

【20130331その二、そんなこといってる前にExcelとか覚えろよ、と言いたい】

 


大学時代に前田司朗の小説
「愛でもない青春でもない旅立たない」の文庫版の帯にある「刹那刹那の僕を数珠のようにつなぐ糸はなんだ」という問を実は僕はずっと考えていた。
(何てことない本だけど機会があれば是非)


くだらないでしょ。でも、考えてた。


まだ、多分僕はこのくだらない問を考え続けるだろうけどちょっと思ったのは、それはそれは言葉ではないかということ。
声に出す言葉だけじゃなくて、心の中の思考も含めて。

言葉は人を縛る、思考も言葉で行われるからなおさら、でも縛られるからこそ刹那刹那の僕の糸がバラバラにならない。

何となく思った。

 

(20130331①)

【2013年モラトリアムの終わりに書いたものをサルベージ、酸っぱい】


巻き戻れという、僕かみんなの願いが僅かに届いたかのように、今日は冬に逆戻りしたかのような肌寒さ。

一日ダラダラと準備をして、
あまりいつもと変わらない部屋に寝転んで、
呟いた独り言の声があまりに情けなすぎて1人で笑い、
お祝いに家でハイボールとかなんとか色々飲んで少し酔っ払っている。


そして、お花見楽しかったなーとかそんなことを思ってる。

恥ずかしいついでに書くと、本当になんか嬉しかった。
高校時代の僕らに見せてあげたいぐらい素晴らしいものだったと思う。

 

さて、卒業式で大学時代が終わり、この前のお花見で高校時代の残響みたいなものが鳴りやんだ。

 

 


なんかセンチメンタルで辛気臭くて嫌だと思うかもしれない。
でも、大袈裟に思うかもしれないけど社会人になるってことは一回死ぬことだと僕は思ってる。

死んだら転生してしまうかもしれない。
そんな馬鹿な…
でも、なんかそうゆう気持ちでこのブログを書いている。

続け。

20180826

その糸は赤いらしい。現実に存在なんてしないのに色まで指定されている、なんてこった。

しかし運命の存在を証明する事は不可能だ。

多分そんなロマンチックなものじゃなくて、ネガティブな事でもポジティブな事もひっくるめて理由が説明出来ないこと、理由を説明したくないこと、突発的な外的要因、

そんなフワッとしたことを僕ら運命と呼んでいる。なんてことない。

 

とてもファジーでメルヘン、糸で紡がれ、言葉で繋がれる。

 

今日は浪漫派、

 

20190823

ここ数日ちょびっとの涼しさが見え隠れしてる。でも地に落ちた蝉がまだ生きている様に暑さもまだ死んでいないと思う。

 

野放しにしていた改善点を野放しにしたくないなと思う。狩らなくては。そんなことを考えている。

 

'やるべきことをやるだけさ、だからうまくいくんだよ'

 

やるべき事がわからないと困っちゃうよな。やるべき事が実は間違ってたらどうしような。そんなことは置いておく。忘れ物なんて放っとけよ。でも、過去は否定しないぜ。

 

 

 

20190819

読まれることがない事が存在意義であるかのようだ。ここはげさお水の中分室。

暑い日が続く。しかし思った以上に夏は儚くて、大切にしたいと思う。

 

刹那、一瞬、途切れ途切れを数珠のように繋ぐこの糸のようなもの。糸のようなもの?

切れそうになっても、いや切れてバラバラになってもなんとか紡ぎ、似たような形に戻す事が出来るのは記憶のおかげだ。

僕の記憶は僕と僕以外の人が持っている。

誰かが持ってる僕の記憶がコロコロ、スルスルと僕を繋いでいるならなんか情けない話かもしれない。でも、それは暖かいかも。

 

 

冬の曲を聴く。外は暑いよ。